【ショートショート】羊を数えて始まる異世界生活。【短編小説】

小説

1.

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・

眠れない夜は、こうして羊を数えると良い、と誰かから教わった。
今まで、それで寝れた事はないけど、体も動かさずにただ目を瞑っているよりはマシだった。

さて、今まで羊を何匹まで数えた事があっただろう?
大体50匹も行かずに途中で辞めてしまうのがオチだ。

今日も今日とて中々寝付けない夜、今日こそはせめて100匹まで数えてやろうじゃないか。

羊が23匹、羊が24匹・・。

よし、ここまではOK。今日は意外といけるかもしれない。
でも自分で自分の事はわかっている。
大体30匹を越えた辺りから段々と思ってしまうのだ。

果たしてこれは意味があるのか、と。

そもそも、何で羊を数えると人間眠れるというのか。
みんな当たり前のように知っている話。
羊が人間の睡眠を誘う民謡でもあるのかもしれない。
枕元に置いてあるスマホで調べれば、答えはすぐに出る。
でもそのためには目を開けて、羊を数えるのをやめなければならない。

えー・・・っと、確か今は羊が35匹・・・だったっけ。

うん、今やめるわけには行かない。
そうやって、今まで失敗してきたのだから。
今日はもう30匹を越えているのだ。

今のところ、全く眠れる気配はないし、このまま自己ベストを更新してやろうじゃないか。

スマホなんぞに頼らなくても、自分の脳みそで正解とはいかなくとも、答えを導きだしてやる。

羊が47匹、羊が48匹・・・。

そもそも僕は実物の羊などほとんど見た事がない。
小学生の頃に社会科見学や家族で動物園に行った時に、一度だけ見た事があったような、なかったような。

要するに羊は、僕にとって犬や猫のような身近な生き物ではないということだ。

羊が62匹、羊が63匹、羊が64匹・・・

自分と関わりのない動物の羊を数えることで、なぜ眠りに誘われるんだ。
大体想像してみるといい。

今、羊は68匹目といったところか。

目の前に羊が70匹いたとして、そこはどこなのだろう?牧場か?
でも、羊を70匹も飼育できるような牧場など、そうそうない。
羊を一匹、飼育することによる厩舎や食事、世話人の確保など、光熱費や食事代、人件費などはどのくらいだろうか。・・どうでもいいか。

羊が89匹、羊が90匹・・・

おお、ついに羊が90匹を越えた。
いつのまにか、今までのレコード記録を倍近くまで伸ばしている。
まぁ、それはいい。

ところで、羊を数えると眠れる話?というこの説話の由来だが、おそらくこれは日本から生まれたものではない・・はずだ。

そもそも羊が100匹近くもいる世界など、私の想像力で浮かぶのは中世ヨーロッパの大草原である。

中世ヨーロッパといえば剣と魔法の世界だ。そういえば最近は異世界転生ものの話も大流行中ではないか。

2.

・・羊が99匹、羊が100匹、羊が101匹。

気づけば羊は100匹を越えていた。寝れそうかというと、全く寝れる気配はない。それどころか余計に脳が覚醒されている感じだ。

ほんとに何のための羊なのか。
こんなに苦労してまで得られる報酬が寝ることというのも割にあっているのだろうか。

もっと他の報酬というか、対価というか、そういえばさっき異世界転生が頭をよぎったなぁ。

そうだ。羊を・・・例えば300匹、300匹の羊を数えたら、異世界転生できるとか。

そんな報酬だったら頑張る。
そう考えたら少しワクワクしてきた。どうせ寝れないんだからいい。

羊が143匹、羊が144匹、羊が14・・・

かつてない記録が生まれようとしている。
半ば焦りすら覚えてきた。

羊が150匹近くいる光景を想像する。見分けなぞ付きそうもない。

どこぞのアイドルグループだって、50人を超えたことはないはずだ。
昔の羊飼いだって、せいぜいが10匹から20匹を飼うことが精一杯だろう。

羊が189匹、羊が190匹・・・・

そういや昔読んだ小説に羊飼いの少女が出てきたお話があったなぁ。
主人公が商人となって、中世ヨーロッパの世界を旅してまわる話だ。

羊が202匹、羊が203・・匹

異世界に行くならあの世界に行きたいなぁ。その羊飼いの少女は主人公にほのかな恋心を抱くも、結局恋は実らずにその少女は主人公から離れていった。主人公には他に好きな相手がいたのだ。全く見る目のないやつだ。私なら、あの羊飼いの少女を選ぶ。

羊が・・245匹、羊が・・24・・6・・匹、ひつじ・が・・・

だめだ、もう限界だ。でもまだ寝るわけにはいかない。
羊を300匹数えて僕は異世界に旅立つのだ。

あの羊飼いの少女に会いにいくのだ。こんな・・ところ・・・で。

3.

ひつじ・・ひつじ・・・

闘いは終盤だ。
誰と誰の闘いなのかは、もはやどうでもいい。

羊達はいよいよ波状攻撃を仕掛けてくる。

目の前にずらーっと、広がる270匹もの羊達。
一番手前の羊がそっと囁くように僕に話しかけてくる。

ーーもういいよ、大丈夫だ。もう君は限界だ。一緒に寝よう。

「ほっといてくれ。僕にはやることがあるんだ。」

ーーーだめだよ。君はもう寝ろ。こんなにも私たちの事を数えてくれて、見てくれてありがとう。だからもう寝ようじゃないか。

「いいんだ。僕こそ、悪かったな。僕はもう大丈夫だ。だからあっちに行ってくれてかまわない。」

ーーーなんで?もう君は十分やった。望みの睡魔ももうそこまで来ているじゃないか。なんで・・・

「バカ!!寝たらな、明日が来ちゃうんだろうが!!!明日が来たら、また仕事に行かなきゃいけないだろうが!!!」

僕は最後の力を振り絞って叫ぶ。

「僕は数えるぞ!!300匹だ!300匹の羊を数えて行くんだ!・・ここではない・・どこか別の世界へ・・・」

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